大体の人間は時として自分の存在を疑問に思う事があるのではないだろうか。
    若い頃、無力な頃にはそれも多い事と思う。
    彼は特にそうだった。 自覚もある。
    しかし、今はそうではない。 そうではないはずである。
    鍛治はグランドマスターの域を飛び越え、エルダーレベルと言う凄腕である。
    採掘もあらゆる鉱石の採掘・精製ばかりか砂や花崗岩も容易いレベルだ。
    大工としても殆どの物は作る事ができるほどに極めた。
    細工も同上であり、姉妹の為に散々鍵箱を作ったりもした。
    錬金術も硝子細工は当然として、彼の爆弾は戦慄を覚えるほどの威力である。
    


    なのに。


    もう昔とは見違えるようなのに。


    彼はまた自分の存在に疑問を覚えつつあった。
    というのも、彼の分担の掃除の事である。
    この前、仕事が粗いと文句を言われたばかりだった。
    それだから今回はこれでもかと丁寧に掃除した。
    それはもう、この岩造りの壁やら床が輝きを放ちかねないほどに。
    普段、こき使ってくれている姉妹が文句どころか賞賛さえくれるだろう。
    そういうレベルに達するほど、今日は本気でやった。
    そう、やったのだ。
    やったのだ・・・が。



    変化はすぐに起きた。
    彼が日課である鍛治製品の注文を受け取りから帰ってきた時には完了していた。
    とりあえず、彼は黄昏ていた。
    ここ数ヶ月間のブランクを取り戻すかの如く。
    彼自身はそんな物は取り返したくもなかっただろうが。
    にしても、こんなに黄昏たのは久しぶりである。

    姉に「真・荷物持ち」の烙印を押されて以来かもしれない。

    もしくは、採掘技術上昇手袋をコンプリートした時か。
    
    「俺って・・・・」

    彼――名はリオンと言う――は手を床に突いて盛大に落ち込んでいた。
    片付けたはずの床には、セキュアから探し物でもしたのだろうか。
    大量のマジックアイテムの在庫が散乱していた。
    ついでに、動物の毛らしき物も。
    思わず、リオンは右腕を上げて、すぐに床に叩きつけた。
    手を突いていた場所よりも、外側に当たる場所だったわけだが。
    何か柔らかい感触と短い悲鳴じみた鳴き声が聞こえた。
    恐る恐る、その方向へ顔を動かす。
    何がどうなったかは大体気付いていたのだが。
    まあ、念の為、というヤツである。
    実際、リオンの予想はぴったり当たっていた。
    妹が何時頃からだったか、飼い始めた近所の狼の尻尾を叩いていたのだ。
    犬と見分けがつかない事も多々あったが。
    ちなみにこの狼、ダイアーウルフと言って、下手なモンスターより強い。
    ついでに言うと、懐いているのはテイマーである妹ぐらいなものである。
    そこまで瞬時に頭の中で整理してから、叩きつけていた手を後頭部に当てた。

    リオン「っと、こりゃどうも失礼・・・」

    と、引き攣り気味な愛想笑いもそこそこに逃げ出そうとした時。
    その狼は飛びかかってきていた。
    その様子は凄絶なので省略しておいて。
    リオンを程好くズタボロにしてから、狼は気が収まったらしい。
    もう興味も無いように、倒れたリオンを踏み越えて椅子の下に寝転がった。
    それに数瞬遅れて、リオンも起き上がる。

    リオン「・・・俺って・・・・・。」

    更に散乱した狼の毛と、自分の小さな血溜まりを見て憂鬱に呟いた。
    とりあえず、魔法でもって傷を治療しておく。
    そうすると再び、セキュアの中に散乱したアイテムを整理して入れ始めた。
    この上、文句まで言われたのでは敵わない。
    そう考えながら几帳面に掃除を再び始めた時だった。
    
    「お兄ちゃん何やってるデスか?」

    上の階からひょこひょこと少女が降りてきた。
    何処となく微毒を含んでいそうだが、可愛らしいと言える。
    恐らく、一連の悲劇の原因を作ってくれた張本人だろう。
    つまり、妹のリゼットである。
    その姿を見つけるや否や、椅子の下から狼が飛び出して来た。
    それだけ見れば、狼と言うより人懐っこい犬だった。

     リオンはその姿に世の不条理なる物を感じずにはいられなかったと言う。

    まあ、それは置いておくとして。

    リオン「あのなぁリゼ、散らかした分ぐらい片付けといてくれ。」

    溜め息混じりに注意しておく。
    普通なら怒鳴りそうなものだが、この程度で済ますのは
生来の押しの弱さだろうか。
    もしくは、激しくこき使われた事が無い分、可愛いのかもしれない。
    何はともあれ、それだけで悲劇に対する抗議は終わった。
    
    リゼット「はぁい、判ったデス。」

    適当な返事が返って来る。
    リオンは再び掃除を始めた。
    少々間を置いてから、リゼットが不思議そうに見ている事に気付く。

    リオン「どうした?」

    リゼット「なんで血溜まりとかできてるのかなーとか思ってたトコ。」

     リオン「ああ、そこの狼にちょっと食いつかれてなー。
 
    リゼット「あー、ブリッツのせいだったデスか。」

    狼を自分の目線の高さまで抱き上げる。
    こうすると余計に犬に見えたが。
    
    リゼット「もー、勝手に噛んじゃダメって言ってるデショ。」

    めっ、と怒って見せると、ブリッツは反省したようだった。
    この辺りが凡人とテイマーの差なのだろうが・・・・。
    今のリオンにとっては
世の不条理を激しく感じさせただけだった。

    リオン「というか、マジックなんて姉さんが最近整理したばっかりだったろ?」

    リゼット「ノンノン。 整理じゃなくてビジネスヨ、ビ・ジ・ネ・ス。」

    そう言って、斧を取り出してみせる。
    銀製で、それも高い魔力を持っていそうな代物だった。

    リゼット「ラージバトルアックスの影響で安くなっちゃったのがアレだけど。」

    幾分、前になるがイルシェナーにガーゴイル・デストロイヤーが現れた。
    改造ガーゴイルであり、かなり強力なモンスターだったのだが・・・
    必ず、しかも高級なマジックラージバトルアックスを所持していたのだ。
    そんなわけで、彼等?は当然ながら
斧目当てに乱獲されていった。
    今は冷めたようだが、価値は暴落したままである。

    リオン「ま、そんなモンだろ。」

    喋りながらも手はきっちり動かしていた為、掃除は半ば終わっていた。
    とにかく、血溜まりの始末だけは完全に終わった。
    暁色に染まった雑巾を見ると、気が滅入ったが。
    まあ、去年のクリスマスの事故よりはマシである。
    というのも、リゼットが雪球と間違えて雪水晶を貰ったわけだが。
    それに逆上したリゼットが雪水晶を蹴り飛ばし、見事リオンの後頭部に直撃。
    倒れた先にあった金床で更に頭部を強打。
    しばらくの間、頭の茶色のバンダナが
白い包帯―ただし所々赤い―に変わっていた。
    思い出したくもなかった事をつい思い出し、溜め息を吐くリオン。
    ようやく、狼の毛の始末も終わる。

    リオン「あぁ・・・やっと終わった・・・。」

    リゼット「うむ、ご苦労である。」

    妹のあまり労われていない労いの言葉を聞き流しつつ、肩を回すリオン。
    かなり疲れた気がする。 いや、実際疲れているのだろう。
    
    リオン「今日の晩飯の当番は姉さんに任せて・・・後はゆっくりできるなぁ。」

    呟きながら軽くストレッチを行う。
    その後、赤、白のポーション――体力回復と滋養強壮――を一気に飲み干す。
    ぷはぁ、と息を吐くと疲れが幾分マシになるのを感じた。
    直後、家のドアが乱暴に開く。

    「ただいまーッス。」

    姉が帰って来たようである。
    上には二人姉がいるが、下の方の姉であるリディーのようだ。
    
    リディー「いやー、タイタンも結構儲かるッスねぇ。」

    嫌な予感をひしひしと感じながら、リオンは姉の挙動を見ていた。
    それに気付く様子も無く、リディーが何かの袋をセキュアに入れた。
    その時にはリオンは頭を抱えていたが。

    リディー「装備の修理しとくッスよー、あと無くなったから赤Potの樽も。」
        
 

    無慈悲な労働命令が終わる頃には、絶叫したい気分になっていた。
    恐らく、しても無駄なだけなのだが。

    リオン「いや、俺は今日掃除当番で疲れて・・・。」

    一応、抵抗などしてみる。

    リディー「あぁん? 聞こえなかったッスよ。」

    とは言いつつも、何故かラージバトルアックスを振りかぶっている。
    多分、ヴァンクでタク付きだ。
    
    リオン「・・・何で俺が・・・。」

    悲痛な呟きは姉にも妹にも届かなかった。
    それでも、既にすりこぎを手にしている辺りがらしいが。
    
これを飲んで涙の味がしても知らない、と思ってもいたが。

    リゼット「うんうん、定めってヤツデス。 フハ、フハハハハハハ!!」

    この妹の邪悪な笑い声も無視する事にした。
    そこで、再びドアが開く。
    この場にいないのは一人だけ。
    つまり、1番上の姉、リュシルも帰って来たのだろう。

    リュシル「ただいま。」

    リディー「お帰りッス。」

    リゼット「お帰りデス。」

    巻き起こる「お帰り」の波。

    リュシル「・・・リオン、どうしたの?」

    一人だけ反応が無かったので不審に思ったのだろう。
    当のリオンは妙に綺麗な姿勢で正座し、機械のようにすりこぎを動かしていた。

    リディー「あー、Pot作ってるッスからー」

    リュシル「なるほど。」

    とりあえず納得はしたらしい。

    リュシル「じゃ、終わったらお風呂沸かしてね。」

    
無慈悲な労働勧告その2がリオンの耳に響く。
    断れるはずも無いリオンは機械のように頷くだけだった。








    リオン「なーんて事がしょっちゅうなんですわ、うちは。」

    べスパーの銀行の壁に凭れてリオンがぼやく。
    まだ早い時間の為、壁に張りついているのは二人だけだった。
    少し離れた位置にいるのはジールと言う鍛治屋だった。
    お互い、ここに来るのはいささか珍しかったりする。

    ジール「んー、私は
しょっちゅう青斧叩き込まれてますが。

    リオン「あー、敵いませんなあ、斧ってヤツは。」

    
微妙にあり得ない会話が繰り広げられているが、つっこむ者はいない。

    リオン「こう、酷使される大工ってのはどういう立場なんですかい。」

    ジール「さあ・・・・。」

    リオンの問いに明確な答えを持つ者もいないようである。